主な陳述書とその概要資料集

ここに挙げた証拠以外に、荻野さんの働きぶりを同僚や家族、親戚が語ったものや、当時の気象状況等、重要な証拠は沢山あり、大阪高等裁判所はこれらを丁寧に調べました。 証拠は全て甲○○号証とナンバーが付されます。(被告側証拠は乙○○号証とされます)

甲202号証
教師の大変さ、その中でも荻野さんが味わった大変さがどのようなものか、それを伝えるため、証拠をもとに一日の仕事の緊張感を具体的に伝えようとした陳述書です。
甲203号証
NHK『教育トゥデイ』やテレビ朝日『ザ・スクープ』(荻野さんにも取材があった)で報道された教師の多忙化についてしゅざいした番組を文章に書き出したもの。
甲207号証
京都府立大学の築山先生に荻野学級の当時の様子を調べてもらい、その結果ひとつの学級崩壊の兆候を示していた事を証言してもらったものです。先生には、荻野さんの教え子に集まってもらって当時の様子を語り合う場にも同席してもらいました。
甲211,212号証
大阪で教師をしておられた有能な先生の、学級を維持出来なくなりそうな自体に至った経験を、陳述書にして頂きました。困難な学級の様子を撮ったビデオもあり、その映像を文章に代えて提出しました。
甲225号証
モヤモヤ病の自然経過による出血、そして死という相手側の主張に対して、過剰な労働がどのように血管に悪影響を及ぼすのかを論じて、過労死への根拠を与えた、新宮医師の陳述。判決に大きな影響を及ぼしています。
甲226号証
荻野さんは、冬休み中、元旦も含めて総復習の漢字テストを作成する等していました。この作業を、荻野さんの友人たちが、荻野さんのやり方をそっくり再現して、それに要する時間や疲労について述べたものです。
甲239号証
国の精神・神経センターにも関わり、多くの著書を持つ吉川市が荻野氏の生前の言動や各証拠をもとに、荻野さんの労働の過重性を分析した陳述書。この陳述書も判決に大きな影響を与えている。
甲2,3,4,8,9,10,14,20,21,33,34,36,72号証、等
荻野さんが作成した児童向けプリントや学級通信、職員向けの担当として作ったプリントや使った楽譜、子供が作ったノートなど、仕事で作られてきた集められる限りのものを証拠として提出しました。
甲7号証
亡くなる前三ヶ月ほどの間の、知る限りの荻野さんの働きぶりを、可能な限り詳細に荻野さんの夫が記したものです。
甲81号証
医師である小林先生が、荻野さんが患っていたモヤモヤ病について書いて下さったものです。相手側はモヤモヤ病の研究に関わったと言う医師の、「出血に至ったのは公務の過重によるものではなく、自然の経過だ」という主張を前面に出していました。これに対して小林医師は、疲労の影響があるはずだという事や、荻野さんがモヤモヤ病の安定期に入っていた事などを記して下さいました。
甲141号証
相手側は、荻野先生の仕事は通常の範囲で過重ではなかったと主張していました。この陳述書では、大学で人間文化学部の教授をされている八木先生が、教師の仕事の多忙化の特徴が、荻野先生の仕事ぶりに表れていることを主張して下さいました。
甲156号証、201号証
倒れる半年前からの荻野さんの毎日の生活と、行っていた仕事内容をタイムテーブルにして克明に書き出したもの。201号証では、これをカラーでより分かり易いものにしています。労働時間の算出の基礎になった重要な証拠です。
甲192〜197号証
荻野さんの教え子たち6名が当時を振り返って学級内の様子を赤裸々に記してくれたものです。この陳述書により、同僚にも分からなかった学級内の様子がわかってきて、当時の荻野さんにとって学級運営が予想以上に大変だったことが浮き彫りになってきました。
甲241号証
当時荻野さんにとって最も指導が困難だった教え子も、当時を思い返して自分の行動を中心に陳述書にしてくれました。

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