京都地裁へ - 敗訴逆転勝利まで

「もうこうなったら裁判に訴えるほかない」と、1998年、11月11日京都地方裁判所に対して「公務外認定」の原処分取り消しを求め提訴した。

このとき、「裁判所」ならわかってくれるだろうという気持ちに加え、基金は「結構な労働者に比べると…」という基準、裁判所は「本人に取ってその仕事内容が過重だったのかどうか」で判断してくれると言う話を聞いて、大きな期待を持ってのぞんだ。

この裁判に際して、証拠集めが本格化。2001年1月17日には、富部、飯沼、相沢、小林、八木各氏と荻野幸夫さん本人の証人を申請し、2月7日より尋問が順次開始された。
4月20日には、みんなが初めての経験なので、弁護士との綿密な打ち合わせを行った。
それでも準備段階は苦労の連続で、前日の深夜まで尋問の猛練習をし、やさしい井関弁護士も怒りを通り越してあきれ顔を見せる事も有った。

2002年9月25日、京都地方裁判所の「判決」を迎えた。

勝利を信じて120名以上の支援の人が、京都地裁へ詰めかけた。ところが、結果は「請求権棄却」。この判決に、直後の集会は怒りの顔、顔、顔でいっぱいになった。

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