公務外認定 - 審査請求 - 棄却逆転勝利まで

1996年 8月19日、公務災害申請に対して基金京都支部長決定がなされ、「公務外認定」とされました。

その際、当時の西倉小学校の教頭先生が勘違いして『荻野先生の県が認められましたよ』と笑顔で報告。結局「公務外」認定がされたと言う事で、とんだぬか喜びになった事も有りました。

「授業中に倒れたのに」「あんな荒れたしんどい学級を持って、当然過労死だわ」と怒りを持って、1997年10月17日-幸夫さんは審査請求を行いました。

審査会では、佐藤先生が「子供や親との信頼関係が崩れたらどんなにしんどいか」を体験を通して証言して下さったり、小林医師がみんなが初めて聞く「もやもや病」について詳しく説明する等、多くの人が意見を述べました。

また一万を超える署名も寄せられました。

しかし基金京都府支部審査会は、1997年6月27日、「審査請求棄却」と裁決し、公務外認定を追認しました。

ページの先頭へ