事件発生逆転勝利まで

1994年1月19日5校時終了後、終わりの会の最中に荻野さんは「脳内出血を発症し、体の自由を失った。子供たちの、「先生が寝ている」と言う声で同僚教師が気付き、早速救急車が呼ばれ、荻野さんはすぐに蘇生会病院に搬送された。

夫の荻野幸夫さんとはこの日はなかなか連絡が取れず、その事も含めて、当時の同僚たちには、この日の午後は忘れられない一日として強く印象に残った。

翌日、蘇生会病院で同僚の一人が荻野幸夫さんと会う。「勤務時間中に倒れられた。働き過ぎで最近疲れていたようです。」と言う様な言葉を交わし、その際に「公務災害認定を申し出たら…」と言う話がなされた。

幸夫さんはその後、3月26日に公務災害認定請求をされた。

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