宇治久世教組・事務局逆転勝利報告とメッセージ

宇治久世教職員組合

執行委員長  伊藤 勝彦

教師の仕事は根本のところでは、『子どもへの愛情』というこの一点に集約されるのではないでしょうか。朝から晩まで、時には深夜まで、「子どものために…」と駆け回っているのが、日本の教師たちの毎日の姿です。時には自分の生活や家族のことさえも横に置いておいて、悪戦苦闘を続ける日本の教師たちです。どんなに大変でも、どんなに苦しくても、「子どもたちの笑顔」にふれた時、いっぺんにその苦労を忘れ、またあわただしく駆け出す日本の教師たちです。

荻野恵子先生も、またそうした日本の教師の一人でした。荒れる子どもたちの中で、何とかして、子どもたちに人間として生きる値打ちのその一端でも見出させてやろうと、それこそ悪戦苦闘の毎日でした。そして荻野先生は、その献身的な努力の結果、とうとう帰らぬ人となってしまったのです。

荻野先生の死は、「教育や子どもをめぐる大変な状況。」そしてその中で、「教師という仕事がいかに過酷なものか。」をあらためて明らかにし、さらには「行政の果たすべき責任」を世に問うものとなりました。

大阪高裁が下した画期的な勝利判決は、原告の荻野幸夫さんが「妻の尊厳が守られた!」と述べられたように、私たち教師の仕事が、命をも失わせるほど過酷なものであることを認め、同時にそうした事態を結果的には放置してきた行政の責任を、鋭く裁くものでした。

あらためて私たちは、全国の働く皆さんと力を合わせ「二度と荻野先生のような過労死を出さない」取り組みを強化しなければなりません。このことは、荻野先生が私たちに問いかけた大きな課題です。教育という仕事に励みつつ、働くものの命と権利を守るためにさらに奮闘する…このことこそ荻野先生の遺志を継ぐものだと考えます。

最後になりましたが、勝利を目指し、長きに渡ってたたかいを励まし続けてきて下さった全国の仲間の皆さんに、心より感謝申し上げます。

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荻野先生の公務災害認定を勝ち取る会

事務局長 富部 炎

九月十六日、大阪高裁。「荻野裁判」判決の日。裁判長が「原判決を取り消す」と主文を読み上げたちょうどその時、荻野さんと目が合い「やった!」と小さくガッツポーズをしました。荻野先生が教室で倒れてから「公務災害認定」を勝ち取ることを目指した十年間の終わりの瞬間でした。

判決が確定した今、「うれしさ」とともに「さびしさ」「悔い」も感じています。裁判をたたかっている間は、荻野先生の仕事ぶりや人となりが話の中に出てきて、荻野先生がまだ身近に感じられていたのですが、裁判が終わってしまうと荻野先生の話題も少なくなってしまうのではないかと不安です。いつも荻野幸夫さんおっしゃっているように、この裁判に勝利しても荻野先生は生き返ってはきません。何か改めて「寂しさ」を感じます。そして、「なぜ荻野先生の過労死を防ぐことができなかったのか」「荻野先生の『助けて!』という叫びに気がつかなかったのはなぜか」と悔いが残ります。いつも笑顔が耐えなかった荻野先生から笑顔が消えたことに気づいてやれなかったのか、学級の中の変化を学年会で話せる状況をつくれなかったのか。今思い出すだけでも自分の未熟さを悔いてしまいます。今も教育現場の多忙化は是正されるどころか、ますます進んできています。教育委員会や校長は、「早く帰ってください」とか「事務作業を多くしているつもりはない」とか「回復してください」というばかりで、具体的な対策をとろうとはしていません。超勤調査もしないし、超勤の回復措置も実行あるものにもしていません。反対に時間勤務を「命じていない」とか「自主的・自発的に持ち帰り仕事をしている」と繰り返すばかりです。教職員も孤立化させられ、自分の健康を守ることもできない状況になってきています。第二、第三の荻野先生の悲劇を繰り返さない為には、同僚性を大切にした働きがいのある職場を作っていく以外に方法はありません。こんな時だからこそ教職員組合の存在意義がますます大きくなってきていると思います。

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