原告 & 原告長男逆転勝利報告とメッセージ

命の輝き、尊さをかみしめる - 妻の魂とともに

原告 荻野 幸夫

「主文、原判決を取り消す」「被控訴人が控訴人に対して平成8年8月19日付でした地方公務員災害補償法による公務外認定処分を取り消す。」

法廷にひびきわたった裁判長の声が天の声のようでした。亡くなった妻の尊厳が守られた瞬間でした。

九月十六日大阪高等裁判所での逆転勝利判決は、命の重みを受けとめる画期的な内容で、心から万歳をさけびました。

裁判勝利までの10年6か月は正直本当に長かった。しかし、それも過ぎてしまえば早かったようにも思えて、歩んできた道程を振り返るとまるで星のレールの様に甦ったり消えたりしています。

何よりも子ども達の前にもう一度立ちたいと、つらく苦しいリハビリ励んだものの、発病後わずか一年でこの世を去ってしまった妻の無念さを思うとき、今でも胸がつまります。 その闘病の中で垣間見た妻の姿は痛々しいものでした。

また、この間に私自身、相次ぐ身内の不幸に落ち込み、公務災害認定闘争も挫けそうになりながらも、皆に励まされて乗りこえてきたことを思い出さずにはいられません。 それ以上に「学校へ戻りたい。再び子どもたちの前に立ちたい」と願った妻の命(魂)が私の中に息づいて、この裁判闘争を最後まで貫き通す力になったのではないかと思えてなりません。

それだけに妻の公務災害が認定されたのはあまりにも遅すぎたと思っています。

大阪高裁では逆転勝利を信じて来ましたが、申請していた証人が全員採用されないとか、裁判官が交代するとか、不安な要素も多分に感じていました。

でも、判決結果は持病が加齢や自然的経過で発症したのでなく、過重な公務による心身への負担が原因であるとして、京都地方裁判所の判決を全面的に覆す画期的なものでした。

今あらためて「命の重み、尊さ」を考えた画期的な判決であった事をかみしめています。本当に感無量です。

妻が死をもって託した判決結果が野の花のように地を這い、全国に広がって多忙な学校現場で働き続ける教職員の希望の種になって生き続けてほしいと願っています。
そして、妻の死を無駄にせず、この判決を風化させることなく健康で働きつづけられる学校現場が作られる事を切に願わずにいられません。

長年にわたるご協力ご支援に心から感謝申しあげます。

ありがとうございました。

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母の公務災害認定、勝利判決を受けて

原告の長男

息を切らせて、裁判所に飛び込みました。法廷にたどり着いた瞬間、扉が開き「勝った!」の声。たくさんの支援の方々が出てこられ、友人から「勝ったで!」と言われたがすぐには実感できませんでした。しかし、父の笑顔を見たとき本当に勝利判決なんだと熱いものがこみ上げてきました。

母が職場で倒れた時、まさか脳内出血というそんな大変なことで倒れたのだとは思いませんでした。審査請求に向けた調査の中で、母の勤務実態が明らかになりました。本当にものすごい時間働いていました。私は、初めて教師の仕事がこんなに大変だったのかと気づかされました。母の家での様子を思い出すと、丸つけや作文などの添削は頻繁にやっていました。教師の子どもとして一緒に生活しているとそれが当たり前のように感じていましたが、職場と家の区別なく仕事をし、家でも仕事のことを考えているというのは本当に大変だと思います。

当時、高校生だった私は、まだまだ子どもであり、おかあさん子だったので、母が家にいないのは、本当につらいことでした。もっと母と話したいという思いもあり、毎日のように病院に見舞いにいきました。それだけに、母が亡くなった時の悲しみは本当に大きかったです。母は、一年かけてようやくリハビリも順調にすすみ、何度か一時帰宅をしたりもしていた矢先だったので、目の前が真っ暗になりました。母が亡くなったことは、私たちの家族に大きな変化をもたらし、それぞれが、大きな苦労をかかえることになりました。私自身は、なかなか立ち直れないまま高校生活を終わってしまいました。

母の公務災害認定のたたかいに関して、私自身は、審査請求の時からあまり深く関わってこれなかったことに悔いが残ります。原告としてがんばってきた父には、申し訳ない思いと、尊敬の気持ちの両方です。今思えば母が亡くなってから、一人で家計を支え、公務災害認定のたたかいの中、家事の大部分をやり、私や妹を励まし、しかり、ここまで育ててくれたと思います。父のがんばりには頭が下がります。

裁判の傍聴に行くようになり、本当にたくさんの方々が傍聴に来ていただいていることがわかりました。仕事や家庭、組合活動など、多忙な中で、これだけたくさんの方々が、このたたかいを支えていただいていることに感動しました。父ががんばれたのもこういったみなさんの支えがあったからだと思います。同じようにたたかっているもの同士が、支えあい励ましあい、ネットワークをつくるからこそ、それぞれのたたかいの力になっていくのだということがわかりました。

母の裁判の勝利判決が、今たたかっているみなさんはもちろん、多くの職場の大変な実態を解決していく大きな力になることを願って、私自身もこれから微力ながら自分の場所で、だれもが人間らしく働ける環境・社会を作るためにがんばっていきたいと思います。

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